大正11年創業、白星社プロローグ。

創業者 石井末吉は自分の人生を奉げる仕事を見つけるために文明開化に沸き立つ大正時代に単身ヨーロッパへの旅をしていたところ、イギリスで巨大なクリーニング工場を見つけました。

当時の衣類は着物が一般的であり、洋服は西洋の物という感覚でしかなかったため洋服をメンテナンス(クリーニング)出来る業者は少なく、西洋洗濯屋と呼ばれ零細企業の代表的な商売でした。

しかし、そのうち日本でも活動的な洋服を着る様になると確信していた創業者は「そうだ、日本に帰ったら西洋洗濯屋になって、日本一の品質のクリーニング会社を創ろう!そして、西洋に負けないくらい大規模な事業に育てよう!」と誓ったのです。

また、その初心を忘れないように、決意した時に乗っていた船のマークをアレンジした物が当社のロゴマークであり、社名の由来です。

日本に帰り、「西洋に負けない」と決意していた創業者は、当時としては大規模なクリーニング工場を建て、後に「とても質の高いクリーニング会社」として、日本中の同業者や専門家の間で言われる様になる白星社がここに誕生したのです。

それから90年近く経った今も、その気持ちは職人達に脈々と引き継がれながら生き続けています。

大正11年

神戸市葺合区磯辺通において白星社洗染工場を創立、クリーニング業を開業。

昭和8年

本社工場を神戸市灘区琵琶町3丁目に移転。
その後、太平洋戦争勃発と共に県当局の命により三菱神戸造船所等重要軍需会社の指定工場となる。

昭和20年

終戦に基づき、米軍の衣料洗濯指定業者となる。

昭和22年

会社組織に改め、「白星社クリーニング株式会社」設立。

昭和23年

米軍指定工場から解除され、一般クリーニング会社として再発足。

昭和42年

神戸市生田区三宮町1丁目の三宮営業所を業界初のパッケージプラントに再構築、三宮支店とする。

昭和44年

神戸市灘区琵琶町の工場を高能率の工場に新築し、当時の関西業界最大の工場となる。

昭和55年

神戸市灘区琵琶町の本社工場を全面改造し、特殊部門、外交部門、営業所部門毎の専門工場にすると共に事業部制度を新設。

平成7年

本社工場が、阪神大震災により、全壊。西部支社工場と明石支店工場にて営業。

平成9年

本社工場跡地に、公害対策、環境対策、防災対策に万全を期した2,700m2の最新鋭都市型工場を完成。